坂本龍馬評伝

---後年、富子が語った武市道場にやってきた三人の振るまい---

龍馬はやってくると、まったく無遠慮に、お盆にのせてある季節物のきねり柿の手ごろなものをつかみ勝手に包丁で皮をむき、むしゃむしゃ食べてしまう。まだ柿のへたあたりが渋いのだが、あまり龍馬が不作法なのが胸につかえて、冷たく眺めていると、なんとすました顔で平らげる。「鈍感で味もわからない人」と思っていると、そうではない。龍馬は次のを取ると、要領よく甘い部分だけを切りとって食べ、渋いところはポイと棄てる。

中岡慎太郎は龍馬とまったく反対で礼容を崩さず、柿をむいてすすめても「かたじけのうござる」の繰り返し。柿には手を出そうとしない。

吉村寅太郎は至って如才ない方で、勧められるままに手に受けて、にこやかに味わい、「拙者の家でも柿の木がたくさんあるが、とてもこの味には及びもつかぬ」などと、ほどよく対応して親しみを見せる。接待して一番物柔らかな感じの人だったが、後年大和に兵をあげ、高取城で長槍をふるって勇戦格闘したと聞いたときは、にわかに信じられなかった。


---龍馬脱藩に際し一編の詩をはなむけに贈った。---

また脱藩後「土佐にあだたぬ奴」(土佐一国に収めきれない奴)とも言っている。


---安政五年、龍馬24歳、国境で面会して---


---京都にいる妹・加尾に龍馬が接触し、問題をおこしはしないかと心配して---


---初めて会ったときの感想---





---西郷・龍馬・高杉を称えて---



---大宰府で三条実美ら公卿と国事を論じて---