岩崎弥太郎 像と生家

岩崎弥太郎生家

弥太郎生家生け垣を巡らした屋敷内に茅葺の母屋や2階建て土蔵が残る当時の代表的な中農の造り。
土蔵の鬼瓦には岩崎家の紋で後の三菱のマークの原型といわれる三階菱が見られる。

●案内
【休業日】 無休
【料 金】 見学無料 
【交 通】 土佐くろしお鉄道安芸駅→車15分
【駐車場】 あり
【所在地】 高知県安芸市一ノ宮
【問合せ先】 安芸市商工観光課
【電話】 0887-34-1111

国道55号線(角に三菱自動車)から「安芸病院」のある通りを北へ約3キロ道沿いに標識がある。
 安芸市


江ノ川上公園の岩崎弥太郎像

弥太郎像1834年(天保5年12月11日)、土佐国安芸郡井ノ口村(高知県安芸市)に地下浪人の長男として生まれる。名は寛、号は東山。

幼い頃から恐ろしく腕白で頭脳明晰だったという。1866(慶応2)年には藩の開成館貨殖局に勤務。このころ龍馬とも面識がある。

いろは丸沈没事故の事後処理に活躍し維新後、大阪土佐商会の設備の払い下げを受けて九十九商会後の三菱商会という海運業を行う商社を設立。

明治7年の台湾事変を契機に新政府の軍需輸送を一手に請け負い、さらに明治10年に勃発した西南戦争が三菱財閥の基礎を築いた。

明治14年、三菱の後盾、大隈重信が失脚して弥太郎は三井家の背後にいる井上馨を敵に回して共同汽船と泥沼の死闘を演じることになる。

明治18年2月7日没。

 安芸市矢の丸二丁目 江ノ川上公園