田中良助邸

坂本龍馬と田中良助

柴巻(高知市柴巻)に坂本家の領地があり、柴巻の山林のかなりの範囲を、坂本家が所有し「坂本山」と呼ばれていたらしい。その領地の地組頭であった田中家の邸宅に、龍馬はよく訪れ良助と将棋を指し、碁を打つなどしていた。

また、近くにある八畳岩の上から土佐の城下を見下ろし、はるか遠くに広がる太平洋を眺めながら、将来について語り合ったと言われている。龍馬と良助は極めて親しい交わりをしていたと思われるが、この時龍馬27歳、良助42歳で15年の差があった。

文久元年十月、龍馬は剣術詮議を名目に讃岐丸亀(香川県丸亀市)へ向かった。実は土佐勤皇党首領である武市半平太の密命により長州萩の久坂玄瑞に書状を届けることが主目的だったようだ。このため旅費を余分に用意しておく必要があったと思われ、出発に際して良助に金を借りたのだろうといわれている。

しかし長州の志士たちの情熱に接し帰国した龍馬はその後すぐに脱藩した為、良助と会う機会がなく、二両の借金が返済されたかは不明だが、借用証書はそのまま田中家に残されることになった。

その時の借用証は、田中家の部屋に取り付けてあるふすまの下張りの中から、偶然に見つかっている。

龍馬が当時足を運んだ高知の建物で、現在も形として残っているのは、柴巻の田中良助旧邸だけである。しかし、良助邸は、200年近い歳月が経ち、老朽化が進み、全国の龍馬ファンから早急な修復が求められていた。

平成14年に母屋の敷地部分を「田中良助旧邸」として高知市の「史跡」に指定され、一般公開されている。


田中良助邸
龍馬は碁や将棋が好きだったという。私も碁キチだから碁盤を見たかったのだが高知県立龍馬記念館に寄託されているそうだ。残念。

八畳岩
良助邸近くの八畳岩の上は名前通り結構広い。足場が悪いのでご注意を。
八畳岩から見た高知市
高知市内が一望できる、すばらしい景観。ここまで来た甲斐があった。
遠くの山並の低いところに太平洋が覗いている。

■高知市文化財調査報告書の田中良助邸調査報告書(田中良助邸調査委員会著)には多くの柴巻での龍馬の日常が記されていて興味深い。(以下上記報告書から引用)

【龍馬が滞在した折には、夏ともなれば屋敷の西側の庭にある小さな池にたらいを浮かべ近所の子供たちをそこへ入れて水遊びに興じたという話があり、ある時には龍馬が田中家に泊まった折、北辰一刀流の腕前を披露するために庭に飛び交っている蛍を刀で斬ったところ蛍がばらばらになって飛び散り、それが池の水面に落ちてそこで北斗七星の形となって浮かんだという話も残されている。

これはあまりにも出来すぎた話になっているが、このような誇張された逸話が言い伝えとして残っているところに龍馬らしい話として興味を覚えるものである。それに龍馬が田中家を訪問した時には、近所の若者たちを集めて剣術の稽古をつけていたといわれ、後には数人が一度かかっても赤子のごとく簡単にあしらわれるようになったともいう。これは江戸へ二回も剣術修行に行った後のことであるというから、それだけ龍馬の剣術の腕前が上がったことを意味する。また田中家で前の晩にいくら酒を飲んでいても早朝に目をさまして主屋の前にある庭で早朝の静けさの中で腹の底にまで響き、まだ眠っていた田中家の家人の多くがこの声で目をさましたと言い伝えられている。

龍馬と良助さんが酒を飲みながら碁遊びに夢中になっていた折、庭に干してあった籾が夕立ちの雨にいくら濡れていてもそのうち女房が気がついてしまい込むであろうと平気だったというから良助もまた豪放な人物だったと思われる】

田中良助旧邸資料館
【交通アクセス】
高知県交通バス 円行寺行き、終点下車徒歩50分
自家用車 上町2丁目交差点を道なりに北へ約20分、約7km
【開館日・時】 毎週,、金・土・日曜日 10:00〜17:00
12/27〜1/3は休み
【見学料】 無料
【所在地】 高知市柴巻381番地
【問合せ先】         高知市観光課 (088)823-9457
高知市生涯学習課 (088)822-6394
平成17年9月18日現在