■江戸時代の田野は魚梁瀬(やなせ)天然木材が集積し、町筋には林産業や廻船業を商う豪商が生まれました。そのため、県東部の政治、経済文化の中心として大いに繁栄しました。
岡家は、この地随一の豪商で「名字帯刀」「御目見」「独礼御目見(どくれいおめみえ)」等の特権を許される身分でした。
(「独礼御目見」とは藩主に単独で謁見を許されることで御目見の中で最高のもの)
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■岡御殿は高知県東部では最高の格式をもった書院造りの建物で、天保15(1844)年に建築され、藩主が参勤交代や東部巡視の時に本陣(宿舎、休憩所)として使用されました。敷地内には御殿・茶の間・土蔵・御成門などの建物が保存復元され藩政末期の岡御殿の雰囲気を伝えています。また岡家に伝わる駕籠や銭箱など貴重な当時の品々が展示されています。
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| 殿様の座る位置からは、写真中央の4本の柱が一直線に並び、柱が一本に見えるように配置されています | 青龍姥目樫 庭にジグザグに配置された5本の姥目樫は蛇行した一つの青龍を表現しています | |||||||
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下張りを表に出した襖(ふすま)帳簿や証文などの使い古された紙が襖の下張りとして再利用されていました。 古い紙の方が狂いが少ないそうです。実際にはこの上に襖紙を貼ります。 歴史のある家屋の襖はそっと、はがしましょう。思わぬお宝(大事な手紙など)が出てくることがあるそうです。 |
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| 湯殿 平安時代から室内に設けられた浴室で殿様が水や湯をかぶり体を拭くための部屋。 殿様は浴衣を何枚も取替え体を拭いたと言われています。 中央よりに若干傾斜がついていて、中央に排水のための隙間を作っています。 ■田野町史蹟地図 |
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