■1601年(慶長6)、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、1603年(慶長8年)に城の大部分が完成、入城した。4層6階の天守閣は一豊の前任地・掛川城の天守を模したといわれている。
享保12年(1727年)城下町の大火で追手門以外の城郭のほとんどを焼失したが、宝暦3年(1753年)までに創建当時の姿のまま再建された。
明治6年(1873年)に発布された廃城令や第二次大戦による空襲を逃れ、以来、天守閣のある本丸は全国で唯一天守・御殿などの建造物が残り、「南海道随一の名城」と呼ばれている。追手門近くの板垣退助や、山内一豊、その妻の千代像もお見逃しなく。
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![]() 追手門から天守閣が望める城は全国で高知城だけとか |
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![]() 忍返しと石落し |
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![]() 筆山古写真(撮影年不明) 鏡川に映った山が筆のように見えることからこの名がついた。筆山は山内家代々の墓所山である。 |
![]() 天守閣からみた高知市街地。奥に見えるのが筆山。 |
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