幕末悲話-お吉とハリス

14歳で芸妓になったお吉は評判の美貌の持ち主だったが、それが奉行所の目にとまることになる。17歳のときハリスの侍妾となったが病気を理由に短期で解雇された。

世間の異国人に対する偏見、法外な礼金に対する嫉妬から「ラシャメン」と呼ばれ辛い人生を歩む。幕末の動乱の中、芸妓として流浪の果てに下田に戻ったお吉は恋人の鶴松と再会し髪結い業を営む。しかし鶴松との夫婦生活はうまくいかず離別。

その後「安直楼」という小料理屋を営むが酒に溺れる日々を過ごし2年で廃業してしまう。

「唐人」という相も変わらぬ世間の罵声と嘲笑をあびながら貧困の中に身をもちくずし明治24年3月27日の豪雨の夜、遂に稲生川へ身を投げ、自らの命を絶ってしまう。

最初の駐日アメリカ大使。
1858年日米修好通商条約の締結に成功した。

ハリスの日記には
「日本人の風采と儀容に大変感服した。喜望峰より東の国の中で日本人は最も優秀な国民であると確信する」
と記されている。

厳格だが優しい人だったらしい。