この二枚の写真の撮られた京都,保利与兵衛の写場は右の写真のように若い娘をモデルとして雇い、客と並んで写すというアイデアで評判をとり、地方から上京した侍たちが多く客となった。
"写真"は公のものであり、笑うのは不謹慎だったのか(今でも免許証など公の写真はすまし顔)
この時代の写真で笑っているものは皆無に等しい。まして「武士は3年に片頬」(笑うのは3年に1度で、しかも片方の頬だけで笑え)といった儒教の教えが色濃い時代にあって、この慎太郎の笑顔の写真は出色である。
写真左の黒い部分は故意かどうか不明だが切り取られたところ。この部分にモデル(芸者)が写っていたため切り取られたという話が伝わっている。慎太郎の右ひざの上に着物の袖のような物が見える。実は、ほほづえしているように見える手も女性の手であるという説もある。